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名古屋地方裁判所 平成3年(ワ)3953号 判決 1993年1月22日

原告

中村弘孝

右訴訟代理人弁護士

塚平信彦

被告

渚自動車工業株式会社

右代表者代表取締役

中村裕

右訴訟代理人弁護士

青木仁子

浅井正

主文

一  被告の平成三年一〇月二二日開催の株主総会における、別紙役員目録(一)記載の取締役・監査役を解任し、同(二)記載の者を取締役・監査役に選任する旨の各決議が存在しないことを確認する。

二  被告の平成三年一〇月二二日開催の取締役会における、中村裕を代表取締役に選任する旨の決議が無効であることを確認する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、株主権及び取締役の地位に基づき、左記一2(一)及び同3(一)の各決議について、それぞれ同各(二)の事由を原因として、その不存在ないし無効の確認を求める事案である。

一争いのない事実

1  被告は、昭和三五年一二月二日設立の、自動車修理・販売等を目的とする株式会社で、当初八〇〇〇株の、昭和五三年六月二日の増資(以下本件増資という)後一万六〇〇〇株の各記名株式を発行している(株式数につき<書証番号略>)。

2(一)  被告は、平成三年一〇月二二日株主中村裕が出席して株主総会(以下本件総会という)が開催され、別紙役員目録(一)記載の取締役・監査役を解任し、同目録記載(二)の者をあらたに取締役・監査役に選任する旨の各決議(以下一括して本件総会決議という)がされたとして、同月二五日右解任・選任の登記手続をした(出席株主につき<書証番号略>。なお、商業登記簿上取締役中村裕、同中村弘孝以外の者については、単純な退任登記が経由された―<書証番号略>)。

(二)  本件総会開催に際し、中村裕以外の者には招集手続が取られなかった。

3(一)  被告は、平成三年一〇月二二日取締役会(以下本件取締役会という)が開催され、中村裕を代表取締役に選任する旨の決議(以下本件取締役会決議といい、本件総会決議と一括していうときは本件各決議という)がされたとして、同月二五日右選任の登記手続をした。

(二)  本件取締役会には、本件総会決議により選任された別紙役員目録(二)記載(1)ないし(3)の取締役が出席して右決議をした(出席取締役につき<書証番号略>)。

二争点

本件の争点は、原告の当事者適格の有無及びいわゆる全員出席株主総会の成否であり、これらの争点に関する当事者の主要な主張は、次のとおりである。

1  原告の当事者適格について

(一) 原告の主張(請求原因)

(1) 原告は、次のとおり被告の株式七〇〇〇株を保有する株主であり、本件各決議の効力を争う適格を有している。

ア 原告は、昭和四六年三月、被告の当時の代表取締役で原告の長兄でもあった中村覚から、被告の株式二〇〇〇株の譲渡を受けた。

イ また、原告は、本件増資に際し、昭和五三年五月一日開催の取締役会における、同月一六日現在の被告の株主に対し持ち株一株につき新株一株を割り当てる方法で新株を発行する旨の決議(以下本件新株発行決議という)に基づき、あらたに被告の株式二〇〇〇株を取得した。

ウ 更に、原告は、平成三年中に、当時いずれも被告の株主だった佐野勝彦の遺族及び中村敬三から、被告の株式二〇〇〇株及び一〇〇〇株を譲り受けた。

(2) 仮に、右(1)の主張が容れられないとしても、原告は、昭和五三年六月一日以降被告の株式四〇〇〇株を保有する株主として、善意・無過失・平穏・公然に株主権を行使してきたから、昭和六三年六月一日の経過により右株式を善意取得した。原告は、本訴において右時効を援用する。

(3) また、原告は、本件各決議当時被告の取締役だったから、この地位に基づき本件各決議の効力を争う。

(二) 被告の認否・反論

(1) 右(一)(1)の各株式取得の事実は否認する。

被告の全株式は、後記2(一)のとおり、当初中村覚のみが保有しており、現在その子である中村裕のみが保有している。

(2) 右(一)(2)の主張は争う。株主権について時効取得の余地はない。

(3) 右(一)(3)の事実は否認する。

2  全員出席株主総会について

(一) 被告の主張(抗弁)

(1) 被告は、中村覚が出資金の全部を払い込んで設立したいわゆる一人会社で、その全株式は、当初から被告の代表取締役だった中村覚が所有していたところ、同人が平成二年八月三日死亡し、その子である中村裕が右全株式を相続した。したがって、中村裕が出席した以上、本件総会は、いわゆる全員出席総会として有効に成立している。

(2) 中村覚が被告の全株式を所有していたことは、①同人が従前被告の株券全部を占有しており、本件紛争が発生するまで、何人からも、その帰属を問題とされたり、株券の返還・交付を要求されたことがなく、②ワンマン経営者として実質的に被告の全権を把握して、その経営に当たっていたことから明らかである。

(3) なお、中村覚は、被告設立等に当たり、原告その他の親族及び従業員らに被告の株式を保有させるような外形をとったことがあるが、これは、税務当局・金融機関に対する便宜的な説明ないし右の者らの勤労意欲を高める方便として行われたものにすぎない。

中村覚は、本件増資の際も原告等の名義を借用して新株払込金を全部出資しており、これに反する本件新株発行決議は実在しない。このことは、右増資に際して被告から税務署に提出された株主名簿と称する書面(<書証番号略>)の記載内容と右決議内容との食違いからも明らかである。

(二) 原告の認否・反論

(1) 右(一)(1)ないし(3)の各事実は否認する。

(2) 中村覚は、その死亡当時被告の株式を保有していなかったし、被告が中村覚において占有していたと主張する株券は、いずれも被告の真正な株券ではない。仮に中村覚が占有していた被告の株券があったとしても、同人が株主として占有していたのではなく、原告ら真実の株主から寄託されていたものである。

第三争点に対する判断

一原告の当事者適格

1 原告の株主権の有無(第二、二1(一)(1)ア、イの各主張について)

(一) 本件増資決議等

(1) <書証番号略>(被告の取締役会議事録)には、本件増資に関し、中村覚その他の取締役が出席して昭和五三年五月一日被告の取締役会が開催され、①被告の資本を四〇〇万円から八〇〇万円に増額し、②これに伴い、同月一六日現在の被告の株主に対し、持ち株一株につき新株一株を割り当てる方法で新株を発行するとの内容の本件新株発行決議が可決された旨の記載があり、同書面の出席取締役名下の印影がこれら取締役の印章により顕出されたものであることは、当事者間に争いがない。

次に、<書証番号略>(新株式申込証)には、原告が被告に対し、本件増資の際申込証拠金一〇〇万円を添えて新株二〇〇〇株の株式申込をした旨の記載があり、同号証株式申込人欄の原被告名下の印影及び裏面の被告代表取締役名義の印影が各自の印章により顕出されたことも当事者間に争いがない。また同号証の存在によれば、原告がその原本を保管していると認められる。

(2) したがって、反証のない場合、右各記載等から、本件新株発行決議の存在及び本件増資時の原告の二〇〇〇株の新株申込の事実を認めることができ、更にこれからの事実は、前示第二、二1(一)(1)ア、イの各主張事実の有力な推認根拠となるのが通常である。

これに対し、被告は、右推認を妨げる前示第二、二2(一)の各事実を主張するので、次項以下でその当否等について検討する。

(二) 株券による権利推定の可否(前示第二、二2(一)(2)①の主張について)

(1) 被告は、もと被告の代表取締役だった中村覚が従前被告の株券全部を占有していたから、同人が株式の権利者と推定される旨の主張をし、右占有にかかる被告の株券として<書証番号略>の株券(以下一括して本件株券といい、このうち<書証番号略>の株券を本件株券(一)、<書証番号略>の株券を本件株券(二)という)、合計一万五九〇〇株分(うち本件株券(一)が七九〇〇株分、本件株券(二)が八〇〇〇株分)を提出している。そして、現在の被告代表者中村裕は、本件株券は、平成二年八月三日死亡した同人の父中村覚が自宅茶室内に所持していたゴルフバックの中から出てきたもので、中村覚が株主としてこれを占有していた旨を供述している。

(2) 検討

ア まず、前提問題として、本件株券が被告の真正な株券か否か検討するに、以下の理由から、本件株券(一)については、これを否定し、本件株券(二)については、これを肯定するのが妥当であると考えられる。

すなわち、まず本件株券(一)記載内容を検討すると、これらは、いずれもその「株式の総数」欄に発行済株式が八〇〇〇株である旨記載されており、本件増資前に発行された株券の体裁をとっていると認められるところ、<書証番号略>によれば、その当時の被告の本店所在地は、実際には名古屋市西区香呑町二丁目八一番地であるのに、本件株券(一)では、「名古屋市西区香呑町三丁目八五番地の二」と誤記されていることが認められる(右は、昭和六〇年三月二〇日移転後の本店所在地である)。そして、右事実に証人藤井巧の証言も併せ考慮すれば、本件株券(一)は、印刷された本件株券(二)の一部を利用して、後から本件増資前に発行された株券の体裁をつくり出そうとして作成されたものと推認されるから、これらのような不合理な記載内容及び作成経過等に照らすと、同株券は、権限を有する者によって作成された真正の株券とは認め難いというのが相当である。

他方、①<書証番号略>、証人藤井巧、原告本人によれば、本件増資後の昭和五四年四月ころ、原告の手配により被告の真正な株券が作成され、できあがった株券は、中村覚によって銀行の貸金庫に保管されていたが、昭和六三年一二月ころ原告や中村覚らの母親の相続問題で親族が協議した際、保管されていた右株券の存在等が確認されていることが認められるところ、②昭和五四年に右真正な株券作成に使用されたネガフィルムである<書証番号略>の印刷・記載の内容と本件株券(二)のそれとは酷似しており(ただし、株券表面の被告の本店所在地、会社名、代表取締役名については、<書証番号略>の欄外の対応部分が使用されたものと推測される)、また証人藤井巧によれば、本件株券(二)の紙質と、同人が右昭和五四年当時作成した株券の紙質とが一致するというのであるから、本件株券(二)は、中村覚が保管していた右①の真正な株券の一部と推認するのが相当である(原告は、本件株券(二)が外見上新しく最近印刷されたものであると主張するが、株券の外見の経年変化は、保管状況により大きく左右されるものであり、右主張事実から前示の推認を覆すことはできない)。

イ 次に、中村覚が本件株券(二)を保管した趣旨について検討するに、株主として占有していた旨の前示(1)の被告代表者の供述と矛盾する次のような事実を指摘することができる。

すなわち、①本件株券(二)表面の株主名欄の記載を検討すると、本件株券(二)の中には、二〇〇〇株分の原告名義の株券(<書証番号略>)を初め、中村敬三ら親族名義の株券や従業員名義の株券は存在する一方、中村覚名義の株券は存在していないところ、真実同人がこれらの株券によって表章される株式を保有していたとすれば、右のような虚偽の権利外観を作出するについては、それなりの合理的な理由が存在するはずであるが、本件全証拠によってもこれを窺うことができない。また、②証人水野寛、被告代表者によれば、中村覚は、生前自分が癌であることを知っていたのであるから、通常将来相続の際に紛争が起こらないよう、株券の名義を自己名義に変更しておく等の紛争予防措置をとるのが自然であると考えられるのに、同人がこれらの措置をとろうとした明確な証拠はないのである。さらに、③<書証番号略>、被告代表者によれば、被告が中村覚から全株式を相続したと主張する中村裕においても、被告の株主が八名であることを前提とする被告の平成二年九月一五日付臨時株主総会議事録に異議を止めずに押印するなど、当初は、右主張と矛盾するかのような行動をとっていたことが認められる。

そうすると、これらの事情に照らせば、前示被告代表者の供述は直ちに採用することができず、他に中村覚が株主として本件株式(二)を占有していたことを認めるに足りる証拠はない。

ウ その他、本件株券(二)の裏面取得者欄の記載を検討すると、その一部には、同欄に昭和五〇年四月二五日ないし昭和五二年四月二五日に中村裕が株式を取得した旨の記載及びこれを証する被告名義の押印があるもののあることが認められるが、前示ア①のとおり、右年月日には本件株券(二)は存在していなかったのであるから、これらの記載等が真実の権利関係を記載したものと考えるのは困難である。

エ したがって、以上検討の結果を総合すれば、本件株券の占有を基礎とする前示(1)の被告の立証中、被告代表者の供述は、これを信用することができず、その他の前示(1)の被告の立証によっては、いずれも前示(一)の推認を妨げることができないというのが相当である。

(三) その他の被告主張について

(1) 前示第二、二2(一)(3)末尾の主張について

右主張に関し、<書証番号略>、弁論の全趣旨によれば、本件増資後の税務申告に当たり、被告から税務当局に対し、本件新株発行決議の内容(すなわち、従来の株主に対し、持ち株一株につき新株一株を割り当てるとの点)と一致しない内容の株主構成を記載した書面(<書証番号略>と同一内容のもの)が提出されていた事実が認められる。

しかしながら、右のように株式会社の税務申告に添付される株主構成を示す資料は、一般にもっぱら、当該会社が法人税法六七条ないし一三二条の特別租税率制度ないし行為・計算の否認制度の適用要件たる同族会社に該当するかの判断資料として提出されるのが通常であって、株主との間で直接株主構成を確定することを目的とするものではないし、また右税法上の諸制度の適用回避等の目的から真実と異なる株主構成が適宜記載されるおそれもないとはいえないのである。

したがって、このような点を考慮すれば、右事実から、直ちに議事録の記載を覆して本件新株発行決議の存在を否定する等、前示(一)の推認を妨げることはできないというのが相当である。

(2) 前示第二、二2(一)②の主張について

右主張に関し、被告代表者は、生前の中村覚が被告の全株式を保有していた根拠として、同人は、(a)完全なオーナーのワンマン経営者として被告の実権を握っており、(b)被告の実印、銀行印も死亡の一〇日前まで自分で管理していた旨供述しており、中村覚が生前被告の実印、銀行印を管理していたことは、原告本人もこれを認めている。

しかしながら、被告代表者の供述を精査すると、他の部分では、むしろ(b)の点以外の実務的側面は、すべて原告が行っていたことを認める趣旨の供述もしているのであり(同速記録二三頁)、反対趣旨の原告の供述も考慮すれば、直ちに右(a)の供述を採用することはできない。また、<書証番号略>によれば、中村覚は、平成二年八月三日死亡するまで被告の唯一の代表取締役の地位にあった者であるから、被告の実印、銀行印を自分で管理していたとしてもさして異とするに足りず、直ちに前示(一)の推認を妨げることはできない。

(3) そのほか、中村覚が被告設立時の出資金および本件増資時の新株払込金の全額を出損したとの前示第二、二2(一)(1)ないし(3)主張の事実については、直接これを認めるに足りる証拠がない。

(四) 小括

以上検討の結果によれば、前示(一)の推認を妨げるに足りる証拠はないというべきであり、前示(一)掲記の証拠に<書証番号略>、原告本人の供述を総合すれば、前示第二、二1(一)(1)ア、イの各事実が認められる。したがって、原告は、その余の点について検討するまでもなく、少なくとも被告の四〇〇〇株の株式を有する株主であって、この株主権に基づき本件各決議の効力を争う当事者適格を有していると解される。

2  原告の取締役の地位

<書証番号略>によれば、原告は、本件総会決議により解任されるまで被告の取締役だったと認められ、この認定を覆すに足りる証拠はないから、原告は、右地位に基づき、少なくともその地位喪失の直接の原因となった本件総会決議の不存在の確認を求める訴訟上の適格を有しているというのが相当である。

二本件総会決議の存否

本件では、本件総会開催に当たり、中村裕以外の者に対し招集手続きが取られていないことは当事者間に争いがなく、被告は、本件総会成立の根拠としていわゆる全員出席総会の抗弁のみ主張している。

しかしながら、右主張の前提となる中村裕の被告の全株式保有の事実については、その根拠となる前示第二、二2(一)の主張を採用しがたいことは、前示一1判示のとおりであるから、被告の右抗弁事実は認められないということになる。そうすると、その余の点について検討するまでもなく、本件総会決議は、いずれも存在しないものといわなければならない。

三本件取締役会決議の効力

右二のとおり、本件総会決議はいずれも不存在であるから、①本件取締役会に出席した者のうち、(a)中村裕は、その解任決議が存在せず依然として取締役の地位にあったが、(b)中村佑紀及び金海石男は、その選任決議が存在しないから取締役でないこととなり、また②原告を含む別紙役員目録(一)記載(2)ないし(5)の者は、なお取締役の地位にあったこととなる。

そうすると、本件取締役会決議は、取締役の一人にすぎない中村裕が他の取締役全員に対し招集手続をしないまま独断で開催した取締役会でなされたものであるから、他の取締役が出席していても同様の決議がなされたであろうような特段の事情の認められない本件では、無効であるといわなければならない。

四結論

以上の次第で、原告の請求はすべて理由がある。

(裁判官夏目明德)

別紙役員目録<省略>

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